エクストラレッスンの講座を開いて

 

3コースを終えて

 エクストラレッスンの第1期は6コースあるうちの3コースを終え、折り返し地点を迎えようとしています。受講をもとに、与えられている事項をよく理解しなおして頭の理解だけではなく心と手足に染み渡るほどに理解できるようにと願って、受講生仲間での勉強会も頻繁に開くようになってきました。東京のグループでは読書会も開始されるということで、内的な熱が高まっています。

 コース開始後すぐに1対1のエクストラレッスンの実習が課題として出されてから、受講生はそれぞれ生徒との出会いを得て、セッションを継続しています。1期終了まではあと2年。毎週のセッションは子どもの持続的取り組みで劇的に発展し、その実践を持ち寄ったケーススタデイチャイルドスタデイを行いながら、仲間との振り返りや発展に向けた討議を繰り返します。受講生全員のケースタデイのひとつひとつの実践の中に学ぶべきこと、出会うべきことが様々あります。それぞれの人のひとつの進歩はみんなの進歩となりえる。それがケーススタデイです。学びの輪は回を重ねるごとに単なる受講生の集まりから、子どもの輝きのために共同して働く同僚の輪へと変容していく、そういうプロセスを創っていきたいのです。

 

大阪での実施を願って6年

 このコースを大阪で行いたい。そういう思いが募ってやまなかったのは、実習校で見た、セッションを受けている子どもが見せた光に満ちた輝きでした。エクストラレッスンルームに通う子どもは、まるで一分も待てないように坂道をころがり降りて先生のもとへ。自分の心身を総動員して三次元の空間を縦横に使って、ひとりの存在が輝きわたるその空間での体験を信頼しているかのように。小さな子どもは歌やお話や遊びの中で動き、大きな生徒は自分の直面する難しさを自覚し、それを乗り越える明確な目標を意識しながら。その時空は、「私がより私らしく輝くための時空」。ひとりの子どもの存在の大きさ、かけがえのなさ、光そのものである輝きが、先生とのやりとりと動きの中で空間を埋め尽くす。実習校で何度か体験したエクストラレッスンセッションの様子は、自分を見失い、とじこもり、自暴自棄になり、また、自殺をしていく人が増えていくばかりの日本にきっと必要だと確信しました。身体が変容するのには繰り返し繰り返しの動きを積んで最低1年かかります。しかし、1年、あるいは2年でより自分らしく安定することができるなら、これほど素晴らしいことはないのです。乳幼児初期の床での運動は、触覚・生命感覚・運動感覚・平衡感覚を目覚まし発達を促し、人間の感覚の発達の重要な基盤を作りなおしてくれます。それは大人になっても有効なエクソサイズであるということを、自分が日々体験して確認することができます。

 

エクストラレッスンを通じて親子と出会い、ともに成長する日々

 日々、それを学ばせてくれる子どもとの出会いも貴重です。一生懸命に宿題に取り組む保護者と子どもに感謝。エクソサイズの宿題ができない子どもと一緒に悩み考え、いろいろな方法を試して話し合い、励ましあい。このレッスンの一番いいことは、子どもの意志に働きかけ、意志が育つこと。意欲というものが人間の人生を最も照らすものです。

 この床のエクソサイズや宇宙の原型を取り入れたエクソサイズで、空間認識と身体認識を確かにして子どもの身体感覚を発達させていきます。このエクソサイズをして10週を超えてくると、急に乳歯が抜けてきたという報告を聞きます。小学校になっても永久歯が生えそろっていなかったのに。これは今までまだ身体の発達に懸命に使われていた力がようやく学びのほうへ使われることができるというしるしでもあり、発達が進展しているというしるしでもあるのです。

 

私はどんな子どもだったのか

 自分のことを言うと、私は帝王切開で生まれてきたそうです。母が高齢出産なのにそこまでしてよく生んでくれたと感謝しています。また、当時は粉ミルクが入ってきていて、母は自分のおっぱいがあまり出ないので私が不憫で6ヶ月でおっぱいを粉ミルクに変えたそうです。

 また、いろいろと大変なこともあり、私の乳児期初期の発達は今から振り返るとまさに不全な状況であったと思います。確かに思い出せば3年か4年生のころ、歯がやっとごそっと抜け替わっていたし、4年生までは学びが全く心身に落ちてこない子どもでした。「私」がなかなか身体の中に入っていってなかったように思います。1年生なのに担任の先生にひどく叱られ続け、冷たく扱われていた中、どうやってあの世に戻ることができるのかと考えているような子どもでした。あの世はとても美しかったというような思いがありました。

 

全き存在としての光であるこども

 ただ、私が救われたのは、母が子どもは誰でも尊き神性を宿す全き光のような存在であるという信仰を持っていたことです。母は先生になんと言われても信仰ゆえものともせずに私にも全く悪い言葉を伝えませんでした。私はあのように悲惨な状況のときでさえ光なのだから、この世の人はほぼみな光のような存在だと思いながら育つことができたことは本当に幸せでした。

 エクストラレッスンで、小学校に上がって親子で悩む日々が続くということを防ぐためにも、その子どもたちとのセッションをより意義あるものにするプラクテイショナーになるとともに、乳児期の親子の場を作って、エクストラレッスンプラクテイショナーがもっと乳児期の親子に出会って支援していける活動も作っていけるといいなと思います。それは予防医学的な教育として医療と教育を結び、人間がより自分らしい輝く人生を生き抜くことを支援していくと思うのです。(奥村)